
――昨年10月にKARIMOKU RESEARCH CENTERを新たにオープンされました。同名のプロジェクト発足の経緯と、今後この拠点でどのような活動を行っていくのか、まずお伺いできますか。
加藤 元々、何かきっかけがあってこの「KARIMOKU RESEARCH」のプロジェクトを始めようとしたわけではありませんでした。ただ、父の加藤知成は生前、「カリモク家具」という企業がどのような企業であるべきかを常に考えていました。もちろん、我々のアウトプットである「家具」を通して多くの方々に「カリモク家具」を知っていただくことも大事なのですが、 家具を家具の形にしていくために様々な失敗を重ねながら、工夫して開発して得られた「ナレッジ」のようなものがあるのです。
その父がよく言っていたのは、そのようなナレッジのようなものをきちんと「棚卸し」しなければいけないということでした。我々は「家具」という狭いカテゴリーの中でしか物事を発想できないため、 結果として十分に生かしきることが難しいのです。しかし、家具とは全く関係のない建築家の方やアーティスト、デザイナーの方の視点から見ると、実はカリモク家具のナレッジは宝の山のように感じられるかもしれないものなのです。

――そのような方々の知見を得ながら、メーカーとしての技術や技能を「棚卸し」して、新たな発想をもとにした家具作りを推進されているということですね。
加藤 家具製造業として、事業、ビジネスとして成り立たせていかなければいけません。昨今の現状を考えた際に、我々はずっとミラノサローネや3daysofdesignなど国際的な家具見本市に出展してチャレンジし続け、ここ5、6年の間で 日本製の木製家具に対する、グローバルな視点が変わってきたと感じています。例えば特にデンマークは木製家具の聖地のような存在で、著名なデザイナーなどを数多く輩出している国でもあります。我々もミラノサローネで海外の木製家具を自然と観察するのですが、同じく日本からミラノサローネに出展している同業の方と「海外ブランドで高品質な木製家具は、実はあまり無いのかもしれないね」という話をよくしています。
――具体的にはどのような点が挙げられますか。
加藤 海外の有名ブランドであったとしても、「ものづくり」という視点で見た時に「カリモク家具の技術では敵わない」というレベルなのかというと、実は日本の木製家具の技術は引けを取らないと思っています。しかしながら、海外ブランドはマーケティングやブランディングなどの要素もあって、知名度がありグローバルに受け入れられているのだなと感じています。
先日、デンマークのある有名な家具メーカーの方に言われたのですが、ヨーロッパではベルリンの壁が崩壊した1990年ごろを境に、東欧と西欧との交流が盛んとなり、前述の木製家具の聖地のようなデンマークでも、デンマーク国内での製造をとりやめ、ある種資本の論理で、 デンマークで作るよりも安価で済むポーランドやハンガリーで製造することが増えたそうです。そのほうがコストは抑えられ、会社としての利益も当然大きく高まるため、もともと本国にあったものづくりの拠点を閉鎖して人件費の安い国で製造したり、中国やベトナムに生産の委託をしたりという流れが、ビジネスモデルとして優勢を極めていったそうです。
私も海外に行った際に、海外メーカーの社長に「コスト面を考えるのであれば、安価に製造できる国で製造した方が絶対に良いから、日本の工場を閉鎖して海外に拠点を持ったらどうだ?」とよく言われます。それが正しいことは理屈ではわかるのですが、しかしながら「カリモク家具」が手掛けていきたい事業展開とは方向性が異なります。仮に我々が企業としての利益を高めたところで、やはりこれまでに築き上げてきた歴史もありますし、これまでずっと愛知県や岐阜県などで長年拠点の工場をもって事業を行ってきました。当社で活躍してくれている社員たちも、やはり愛知や岐阜など地元出身者の割合が高いです。やはり「カリモク家具でしかできない何か」を見出さなくてはいけないと考えたのです。
そうすると、先ほど申しあげた、いわゆる「技術の棚卸し」が必要になってきます。我々の技術が世の中に対してどのように役立てられるかということを、グローバルな視点で俯瞰して捉えながら、木製家具製造に関連する産業などが、どのような課題を抱えているかもおさえておかなくてはなりません。木材というものは、正しく使えば再生可能な資源であり、より多くの木材を使っていこうとする動きは一般的にも増えてきており、実際に汎用的・コモディティ化したものであればいくらでも安く作れます。しかしながら、きちんと永く愛着を持って使い続けることができるような製品というものは実のところまだまだ少ないです。
――そのような中で、様々なインターナショナルなブランドを立ち上げられ、著名なデザイナーなどとも手を組んで高品質な製品づくりに取り組まれていますね。
加藤 当社では、デンマークを拠点とするデザインスタジオのノーム・アーキテクツにKarimoku Case(カリモクケース)のブランドのディレクションをお願いしています。彼らはコペンハーゲンを拠点に建築やプロダクト、グラフィックなどを手掛けるマルチタレントな集団です。また、当社がリリースした「SEYUN」チェアのデザインを手掛けたザハ・ハディド氏は、生前に何かを検討している時の休憩時間に、ちょっとした落書きのような形で「SEYUN」のデザインを残されていたと聞きました。ハディド氏が亡くなった後、彼女の意思として、そのデザインをなんとか具現化したかったようなのですが、それを実製品化できる技術をもったメーカーとのつながりが無かったということでした。当社はそんな彼らと縁あって知り合うことができ、「SEYUN」を作り上げていくことになりました。
おそらく、日本人ならではとまでは言いませんが、日本人特有の「繊細さ」や、 ある種の「美意識」。例えば、ちゃんと「直線は直線であらねばならない」といった細かなディティール、普段は人が触れることがないチェアの張地の裏側などのような箇所でも、きちんと丁寧に作り上げるといったきめ細かさが、日本のものづくりのベースにあるのだと思います。「本来はそこまで手をかけなくて良いのかもしれないけれど、しかし手をかけずにいられない」といった、日本独特の良い意味でアナログなものづくりというものが、日本の木製家具の世界には脈々と受け継がれていると思います。
――海外とのものづくりの意識の違いについて、より詳しく教えていただけますか。
加藤 先ほどお話した様に、日本のアナログのものづくりの場合は、持って生まれた固有の美意識や性格、あるいはチームワークといったものを特に重視する傾向にあると思います。一方、海外だと割と分業で生産している企業が多く、「助け合い」という意識が少ない様に見受けられるケースもあります。当社の場合、例えば工場だと、病気で出社できなくなったスタッフの代わりに他部署からしっかりと応援のスタッフが入ります。その応援に入るスタッフたちも、しっかりと作業の工程を理解している、いわゆる多能工です。当社の工場には、前述のザハ・ハディド・デザインやノーマン・フォスター氏の事務所のスタッフの方々にも何回か来ていただいたことがあるのですが、当社の技術力を目の当たりにし「アメイジング」とおっしゃっていただいています。

――代々受け継がれてきたカリモク家具の技術力、プロダクトについて、これからの時代に受け継ぎ、生まれ変わらせるような取り組みも進められていますね。
加藤 「KARIMOKU RESEARCH CENTER」での展示、『Survey 01 : NEW TRADITION』では、共にアメリカで活躍されているデザインスタジオのWAKA WAKAと、デザインスタジオのLichenによる新たなプロダクトを展示しています。Lichenは、おそらく今ニューヨークで最も注目されている、デザインのインキュベーターでもあり、ショップオーナーでもあります。彼らは、およそ40年前に当社が製造した商品を、当社工場を訪れた際に偶然見かけ、「とてもクールだ。絶対に今のアメリカで人気が出るから、復刻させたらいいよ」と、我々に意見してくれました。

世界の社会が大きく変わりゆく中で、ラグジュアリーすぎるものよりも、アナログ的なクラフトマンシップでしかできないことをどのようにテクノロジーに置換えていくか。当社はクラフトマンシップを追求しながらものづくりに取り組んでおり、その姿勢や価値観は徐々に高く評価され始めてきていると感じています。人々が身近に触れる製品に関して、「この形がどうして生まれたのか、その背景を知りたい」と思う気持ちや、「この木はどこで伐採され、どのように流通して手元に来たのか」といった疑問に真摯に答える必要があると考えています。そうした情報をきちんと顧客の皆さんへお伝えすることで、お客様にはしっかりと納得してご購入していただけると信じています。



当社の工場、製造の現場に来ていただくのが、製品づくりをお伝えする点では最も伝わりやすいのですが、現在、愛知県の工場以外でも、KARIMOKU RESEARCH CENTERやKarimoku Commonsなどでの展示を通して、カリモク家具が試行錯誤を経て今どんな技術で製品を開発しようとしているのか、そのプロセスをご覧いただけるようにしています。Karimoku Commonsには、建築家やインテリアデザイナーの方などが多くいらっしゃいます。彼らは「家具は今までカタログで選んでいたのだけれども、施主様のためにもビスポークで何か作りたい」と、何かしらのアイデアを求めていらっしゃることも多々見受けられます。そこで当社の企画展示をご覧になることで、「こんなものづくりができるのであれば、案件でちょっと話しを聞いてもらえないだろうか」といった商談に、実際つながっています。

国産材の活用促進、芯のあるものづくり精神を前面に
――海外への展開について、様々なブランドを展開されていますが、海外での認知の高まり等はどのように認識していらっしゃるでしょうか。
加藤 ブランド認知について厳格に測定したことはないのですが、イタリアのミラノに行っても、デンマークのコペンハーゲンに行っても、「Karimoku」は野球でいえばメジャーリーグ(MLB)のチームの1つといった認知であると思っています。ミラノサローネに出展し始めた当時は、通りすがりの方々がさっと見ていかれることが多かったのですが、最近はヨーロッパやアメリカの著名な建築家の方々や、中東の大富豪のような方々がブースに足を運んでくださるようになりました。そのような意味では認知度は随分と上がってきたと思います。


今年もミラノデザインウィークに出展し、まずは「カリモク家具とは何者か」ということを、世界中の方々に知っていただきたいと思っています。ミラノデザインウィークという世界的な見本市への出展はそのための通行手形として欠かせません。出展するブランドは例年と同じく「Karimoku Case」「Karimoku New Standard」、そして「MAS」のブランドです。

――少し話は変わりますが、去年開催されたオルガテック東京ではアワードも受賞されましたが、2022年の初開催から継続して出展されています。来場者の反応や今後のコントラクト市場への展望などもお伺いできますか。
加藤 オルガテック東京には、コクヨさんやオカムラさん、イトーキさんといった大きなメーカーブランドが数多く出展されているため、当社は、これまでホームユース用の家具づくりの中で培ってきた、オフィス家具の世界にはない技術・技能を活かした家具などを中心とした展示をしています。



特にここ2年は、テーマを「なんでもつくるよ」と設定し、当社の技術をベースに生み出されたアウトプットとリンクさせながら、展示を行ってきました。

他の木製家具メーカーさん、たとえばカンディハウスさんや飛驒産業さんなども、やはり今時のキーワードである国産材の活用について前面に出されていますよね。現在、日本の国内では森林の手入れをする林業従事者の方が減少しており、手入れをするべき職業の方々も儲からないので、どんどんと衰退の一途をたどっています。

我々はその流れを変えるようなものづくりをしていきたいので、当社の社員の中でもカリモク家具が持つノウハウを共有し、知恵を出し合いながら、手間のかかるところは生産性を上げてその手間をなるべく吸収し、十分リーズナブルな形で、これまで未利用で価値がないとされてきた木材を価値化していきたいと考えています。現在の広業樹を取り巻くマーケットでは、100本伐採したなかから、実際に材として使うのは約5本。残りの95パーセントは問答無用でチップとなります。我々はそのような利用実態を少しでも改善し、今5本しか使えないものを30本あるいは40本あたりまで使えるようにしていきたいのです。

これは地域によって価格差があるので一概には言えないのですが、チップとして丸太を売った時の値段が100だとすると、 家具用の材として評価されれば最低でも3倍にはなるので300ぐらい。そして製材は別の形で雇用を作ることにも繋がります。きちんとバリューのある形にしていけば、 林業従事者の皆さんも身入りが変わっていくことになるでしょう。それにより、その先にある森林・山林の資産価値が高まるので、従事者の方々も林業に対して誇りを持ち、安心して従事できるといった流れも作りたいと考えています。

――そのような考えもベースとした、国産材のブランド展開というわけですね。
加藤 我々は「Karimoku New Standard」や「MAS」のように、「いかに皆が使わない木を使うか」に重きを置いています。もちろん、まずはプロダクトとしてのクオリティやデザイン、そして価格の面で非常に魅力的であり、バランスが取れていることが大切です。 なおかつ、国産材を使い続けるためにも、国産材の中でいわゆる価値が低いとみなされているような樹種をどんどんとサルベージしていくことが、製造側としても今後も安心して国産材を使っていく一番のキーポイントであると考えています。オルガテック東京においてもこの考え方を来場者にお伝えすると、多くの方々から感銘を受けたとおっしゃっていただきました。その結果として、様々なOEMの依頼にも繋がっています。

――最後になりますが、ミラノサローネ等海外の見本市に長年出展され続けていますが、カリモク家具が目指しているインテリアの「テイスト」のようなものは明確にあるのでしょうか。
加藤 それは特にないのです。と言うのも、マーケットの多様化ではないですが、やはり「我々の家具のスタイルはこれだ」と絞ってしまうと経営的に安定しないという面もあります。そして我々としては、一人でも多くの方々に、「カリモク家具が携わって作った何か」をご愛顧いただきたいという思いがあります。例えば、非常にクラシカルなテイストの家具が好きな方や、昨今流行りのジャパンディライク、あるいは北欧風なものを好きな方もいらっしゃいます。
したがって、企業として自分たちのスタイルを決めつけず、しかしながら我々が作るものについては全て私たちの目線できちんと品質が保証できるものとして、50年、100年とメンテナンスをしながら安心して長い間使い続けることができる製品が大切だと考えます。そしてそれは、どのようなスタイルであっても当社の共通の価値観として、今後も埋め込んでいきます。
――海外のバイヤーの方々は、日本のメーカーにいわゆる「ジャパンディテイスト」をより求めてくるといった動きはありますか。
加藤 あまり無いですね。「ジャパンディ」は1つのキーワードにはなってきているのですが、我々が作り出す世界観を「ジャパンディ」と呼ばれることを、あまり好ましく思っていません。これはKarimoku Caseというブランドを共に手掛けている建築家の芦沢啓治さんや、ノーム・アーキテクツも同様の意見で、「ジャパンディ」は「消費のためのキーワード」のようになってきている感があります。「タイパ」や「コスパ」のように、時代の消費を象徴するようなワードになんだか近しい言葉であると認識しているんです。我々は流行に影響されてブランドを展開しているわけではないですからね。
家具というものが、空間の中で人間に対して、どのようにポジティブな影響を与えることができるのか。家具を使って、人がどんな時間を刻んでいくのかというところに、本来は一番に思いを馳せなければいけないと思っています。しかしながら、短期視点で「とにかく買ってもらえばいいや、今の売れ筋はこのようなものだ」といった流れもあります。したがって我々はそこに対する、ある種のアンチテーゼとして「家具とは本来そのようなものであるべきではない」という考えでいます。「売れるブランドになる」ということは全く考えていないのです。
したがって、「今、海外ではこういうものが流行しているから、無理をしてそこに合わせていく」という必要性は全く感じていませんし、かといって、ステレオタイプな、例えば、豪華絢爛なジャパニーズスタイルのような家具づくりも、それもまた我々の考えとは異なります。先ほども申し上げましたが、当社には海外で認知され始めているブランドがいくつかあります。そこで、「二番煎じ」に甘んじてしまうと、それなりの評価しか受けることができないと考えています。
実は、私自身、同業他社が今どのような製品づくりをしているかなどについて、ここ数年はほとんど気にしたことがありません。カリモク家具として取り組んでいかなくてはいかないこと、またそれをどのようにマーケットにはめ込んでいくか、そのことを絶えず考え続けています。
――カリモク家具としての、ものづくりの精神を伺うことができました。貴重なお話をいただきありがとうございました。
(聞き手 佐藤敬広)